娘の発達障害(ADHD)に「ほっ」…そのとき母親が感じた不安と決断

私が遺伝を意識するようになったのは、娘の病気と向き合っていた時でした。

娘は小さい頃から大人しく、のんびりした子どもでした。

よく言えば、おっとりしていてやさしい子ども。

悪く言えば、ぼーっとしていて行動が遅い子ども。

とは言え、何か知的な問題がある子どもでもなかったため、私も「そんな性格の子なのだろう」「自分ものんびり者だったから」と思い、深く考えることはありませんでした。

最初は「大きくなれば変わるだろう」と思っていた

小学生になっても、相変わらずおっとりしていてぼーっとした子どもであることには変わりはありませんでした。

ただ、お友達に手を挙げたり、席を離れてしまうなどといった問題行動はなく、少ないながらも仲良くしてくれるお友達もおり、学校生活は順調に過ごせていると思っていました。

そこでも、私は娘について特に問題に思うこともなく、「大きくなればまた変わるだろう」とのんびり構えていたのでした。

今思えば、もっと早い段階で気付くことができていたのではないかという思いはあります。

そんな中、学業は良くも悪くもなく普通でしたが、テストをよく見ると、とにかくうっかりミスが多いことに気が付きました。

「足し算と引き算を間違える」「小数点をつけ忘れる」「問題をとばしてしまった」「書き抜きなさいと書いてあるのに、自分の言葉で書いてしまった」等々。

ちょっと変だなと思いはじめた時でした。

気になった「親である私の発達障害」

高学年になると、うっかりミスに加え、「忘れ物が多い」「先生の話を聞いてこない」「嫌なことを先延ばしし、結局直前で慌てる」「うまくいかないとイライラし、感情のコントロールができない」などが顕著に。

そんな娘に対し、日ごろから「軽い発達障害でもあるのではないか」と薄々感じていたことが現実のものとして感じるようになりました。

「思い切って専門医を受診してみよう」、そう思いました。

そして、娘の発達障害を疑うようになった時、遺伝が原因のひとつにあるという事実を知り、私はひどく動揺しました。

娘の病院を受診する時に、思い切って子どもの主治医に親である自分の発達障害の可能性について聞いてみようと思いました。

病院を受診して分かったことは、娘がADHDでるという事実。

そして、親である私については、あくまで遺伝はいくつかある原因のひとつであり、そればかりが原因ではないという事でした。

娘は出生後、黄疸がかなり強かったため、光線療法を受けたのです。そういった事も原因の可能性としては否定できず、結局はっきりとした原因はわかりませんでした。

正直「ほっとした」後のもやもや

娘がADHDであるという診断が下された時、内心ほっとしました。

子どもが発達障害であることが分かった親や、自分自身が発達障害であると分かった人は皆ほぼ一様に「ほっとした」と聞きます。

それは、「我が子や自分自身が悪かったわけではないのだ」「脳機能の問題なのだ」と思うことができるからだと思います。

私自身、多くの発達障害のお子さんを持つ親御さんの気持ちと同じように「ほっとした」のは事実でした。

でも、そのあと、言いようのない不安に駆られました。

その不安とは「遺伝」です。

発達障害の原因のひとつでもあると言われている「遺伝」。

自分も発達障害者かもしれないという不安。

自分のせいで子どもを障害者にしてしまったのかもしれないという不安。

結婚して子どもを産んだ事自体がいけなかったのかもしれないという罪の意識からくる不安。

「不安」は、自分の中でどんどんエスカレートしていきました。

自分自身の発達障害を検査しない選択

忘れっぽい。のんびり屋。ストレスに非常に弱い。人付き合いが苦手。

娘の病気から、自分自身が発達障害者なのではないかと疑う気持ちが大きくなっていた私。

不安な気持ちと、娘への申し訳なさが心の中を占めていました。

10人に1人はいると言われる発達障害。数字だけでみると、とてもありふれた病気です。

もちろん重症から軽症まで、症状には個人差がありますが、子どもから大人まで、はたまた隠れ発達障害の人も含めるとかなりの数だと言われています。

脳機能の障害と言われていますが、一方で「脳の特性」「思考のクセ」を持ち、自分の好きな分野においては圧倒的な集中力と高い能力を発揮することもあります。

結局、私は病院には行きませんでした。

発達障害の事について調べた時に思ったのです。

自分が発達障害者であるか発達障害者でないかはあまり問題ではないと。問題なのは、私のそういう困った部分をまず自分自身が素直に認め受け入れる事。

そして、次に、「じゃあ、どうすればそういった事を軽減できるのか」「どうやったら、もう少しラクに生きていけるのか」を考え、対策する事の方が一番大事なんじゃないかという事でした。

娘に対する申し訳ない気持ちも、自分が自分らしく生きる姿を見せることで解消できるはずだと考えるようにしました。

自分なりのルールを持つことの大切さ

それからは、自分なりに様々な本を読み漁りました。

自己啓発本、発達障害に関する本、脳機能や栄養に関する本。

そうしてたどり着いたのは、自分なりのルールをつくることでした。

  • 脳の血流を良くするため、食事は肉・乳製品を控え青魚を多く取り入れるようにする。
  • 人の話を聞くときは、必ずメモをする。
  • 付き合いが苦手ならば無理にせず、ストレスにならない方法また範囲でコミュニケーションをとる。
  • なるべくストレスを溜めない環境に身を置く。

こうしたルールを守りながら自分の人生を生き抜いていくことにしたのです。

もちろん、経済的に不安定にはなりましたが、心の「不安」はありません。

「不安」どころではないと言ったほうがいいかもしれません。なぜなら、娘に自分が自分らしく生きている姿を見せなければいけない。

そして、将来、娘が人生で悩んだ時、少しは彼女の役に立てたらいいなと思う自分がいるからです。

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